28 February 2012

メールのキャラメル





その日の目的の博物館を目指して歩いていたら、目に飛び込んできた。いかにも老舗風の店構えと、Chocolatierの看板。おいしそうなお菓子が並んでいて、ムスコも歩くスピードを緩める。ドアの上には「創業1761年」の文字。

午前10時ちょっと過ぎ、中でお兄ちゃんが商品を並べて仕事をしていたけれど、ドアにはまだ鍵がかかっていた。博物館からの帰り道に寄ることにする。






お菓子が好きな人は耳にしたことがあるかもしれない、フランス北部リールに本店を持つメールというお店。中は内装も商品もディスプレイももうめっちゃくちゃ可愛らしくて、日本の若い女性だったら(いや若くなくても)絶対「きゃ~!かわいい~!」と叫ぶに違いない。こちらこちらに日本語の記事があります。老舗風の店構えだけれど、パリに開店したのはつい最近のことなのね。)

ここで一番有名なのはゴーフルらしいが、とにかく色々と品揃えが豊富で、甘いものが好きだったら目移りすること間違いなし。でもどのお菓子もいかにも高そうで、なんとなく近寄りがたいのも真実である。ムスコがうれしそうにあれこれ眺めている間にワタシが吸いつけられるようにするすると近寄ったのは、トレーに並べてあったキャラメルの山。

バニラ、コーヒー、チョコ、へーゼルナッツ、そして定番の塩バターと五種類あったうち、バニラ・コーヒー・塩バターを五つずつ買うことにした。そんなちょびっとだけ?と思われるかもしれないが、こういう量り売りのお店では、ちょびっとだけ買うのは別に恥ずかしいことではない。店に入る時きちんと挨拶して、注文するとき「シルブプレ」を忘れずに加え、堂々としていればキャラメルたった五粒だってちゃんと売ってくれる。

塩バターと聞いて「えっ、キャラメルに塩?」と変な顔をするムスコに「これが一番おいしいんだよ」と言うと、お店のお兄ちゃんはにっこり笑って英語で「Yes, it's the best!」。「でも僕はバニラが好きなの」と仏語で返すムスコ。お兄ちゃんもっと笑顔になって、注文したものを袋に入れたあと、ムスコにバニラを、ワタシに塩バターを一粒ずつおまけにくれた。じーん。この記事の写真に写ってるお兄ちゃんです。ありがとう。


この時いくら払ったかは記憶にない。レシートも見ずに捨てた。値段を気にしたらおいしくなくなるかもと思ったからである。この後二日でキャラメルは全部なくなってしまい、一歩先にリヨンに戻ったオットにお土産に持って帰りたかったので、後日再度立ち寄ることにした。その時お店にいたのは別の人だったが、店に入ってまっすぐキャラメルに向かい「五種類全部、十粒ずつ下さい」と注文すると、このお姉ちゃんはちょっとびっくりしたような顔をして、「あらグルメでらっしゃるのね」と笑った。「いやそれが、先日買って食べたらあまりにもおいしかったのであっという間になくなっちゃって」と、ワタシの英語とムスコの仏語で説明する。お姉ちゃんはさらに笑って、袋に包んできれいなリボンをかけてくれた。

この日のお会計、38€をちょっと切る位だったと思う。ひと粒300メートル、50粒で15,000メートル。100メートルあたり25サンチームということでしょうか。←まったく意味のない計算。



とりたてて甘いわけではない。どっしりとリッチでもない。舌にのせるとふんわりと柔らかくなる。こういうのを優しい味と言うんだと思う。


ムスコに「おとーさん、はいお土産」と手渡されたオットも、塩バターキャラメルのおいしさにうなっていた。でも彼もやっぱり、「これ、一袋いくらしたのか言わないでくれ」。価値観が一緒の人と結婚したってことですね。はい。





14 February 2012

温かい我が家。




それは今から九日前、日曜日の夕方のことでありました。

居間でインターネットサーフィンをしていたら、アパートの奥からシャワーの音が聞こえてくる。シャワー室のドアを開けたまま、豪快に浴びるシャワーの音。変だなあ、いくらドアが開いていてもこんなに響いてくるかなあ。大体あと15分で出かける時間なのに、うちの人ったらなんで今頃シャワー浴びてんの?


不思議に思った瞬間、隣の部屋からオットとムスコふたりの声が聞こえてくる。え?じゃあ、あのシャワーの音、誰?

…と眉間にしわ寄せたまま廊下を覗いたワタシが見たのは、天井の埋め込み型電球のソケットからどばどばと落ちてくる滝のような水であった。

一瞬目を疑ったが、廊下にいくつかあるソケットのうち、ふたつからすごい勢いで浸水している。あわてて浴室にバケツを取りに走り、大声でオットを呼ぶ。廊下にはすでにかなりの水がたまっていたのでクローゼットからタオルを抱えてきて床に広げる。その間に、クローゼット内にあるソケット三つのうちのひとつからも膜を破るように浸水。これもかなりの勢い。バケツはふたつしかないのでキッチンになべを取りに走る。その間に、主寝室にあるソケットのふたつからも浸水。廊下にあるソケットさらにもうひとつから、そして寝室のドアの上の部分からも、ぽたぽたと水が落ち始める。もうなべもボウルもないよぉ。オットが上の階の住人に知らせに走っている間にワタシは隣の家の呼び鈴を押し、助けを求める。配管工に電話して下さい!


最高気温が氷点下5度とかいう、ほとんど前代未聞の寒さが続いていたリヨン。上の階の水道管が凍結して破裂したのであった。

日曜日の夕方ということもあって、配管工とはどこもまったく電話が繋がらない。アメリカには週末だろうがお正月だろうが独立記念日だろうが、24時間緊急体制で対応してくれる会社がいくらでもあるんですが。日本にだってあるよねえ。お隣のご主人が消防署に電話をかけてくれて、消防士さんが四人来て水道を止めてくれるまで一時間ほどかかったか。うちのアパートの電気回路は当然ショートして、結果コンピューター制御の温水器がストップ、温水がないので暖房が切れる。外の気温が気温だけに、アパート全体がうっすら寒くなり始めるまでそれほど時間はかからなかった。水道も、上の階の水道管が修復されるまでストップ。


水道はほぼ24時間で回復したが、電気回路の安全確認にきてくれる人を確保できなくて(毎日あちこち電話しまくったにもかかわらず。このあたりやはりおフランスではないか)、ブレーカー落としたままなので温水器がダウンしたまま、要は暖房が切れたままの状態が続く。その間我々三人は友人宅とホテルを泊まり歩いた。電気を通す許可が出たのが浸水してから丸五日後の金曜日の夜。すぐに暖房を入れて、壁と床が熱で多少乾いてアパート中に充満していた強烈な湿った匂いが少し収まった日曜日の夜、うちに戻ることにした。

寝室ではまだ眠れない。まだ随分匂いが残っているし、寝ている間にカビを吸い込むのが心配だからである。クローゼットから運び出した衣類や荷物も、ダイニングルームの床に山積みになったまま。どこになにがあるかはっきりしない。ムスコの靴下、二足しか見当たらない。オットはムスコの部屋から移動させたマットレス、ムスコはキャンプ用のエアマットレス、ワタシはソファで、仲良く居間で寝ている親子三人。ああ、ホーム・スイート・ホーム、やっぱり我が家が一番である。



でもこの一週間、ワタシの頭に何度も浮かんだのは、いかに我々が幸運だったかということであった。

浸水が始まったのがあと15分遅かったら、我々は出かけた後だった。でも出かける前だったから、落ちてきた水はほとんどバケツやなべで受けることができた。留守だったらどうなっていたかと思うとぞっとする。さらに言うと、大きな家具の上から浸水しなかったのがありがたい。ベッドなんかだったらすぐに動かせないし、ピアノの上から浸水していたら…ああ、想像したくない。

我々は温かい支援の輪にも恵まれている。ホテルにいた時、友人の一人はうちの汚れ物を持って帰って洗濯してくれた。キッチンにアクセスがなかった二日間は、ムスコのクラスメートのお母さん二人が交代でムスコのお弁当を作ってくれた。浸水のあった日曜の晩、電話して一時間ほどで転がり込ませてくれた友人も、ホテルを出てから連泊させてくれた友人も、いやな顔ひとつせずに大きな腕を広げて迎え入れてくれた。

不便で大変でしょうと何人もの人に言われたが、不便だけですんだのである。寒い中凍えるような思いもしなかったし、食べ物に不自由したわけでもない。世の中には、もっともっと困っている人が沢山沢山沢山いるのである。


居間の床で寝るのは、キャンプみたいでわくわくするとムスコは言う。楽しそうにしているムスコと一緒にいると、こっちまで楽しくなる。奇しくも今日は、大雪でバスが運休、休校になった。普段は週末と半ドンの水曜日にしか許してもらえないビデオゲームにOKが出て大喜びのムスコ。彼にとってはなんだかさらに特別な日である。そう言うワタシはだらだらとブログめぐりをしたり(だって掃除さえできない状態だし~)、来週行くパリの予習でガイドブックに付箋をつけたり。


雪が降って篭るんなら、やっぱり自分の家がいい。屋根があって、食べ物があって、家族がいる。そんな自分のうちが、一番である。

02 February 2012

ぽかぽか




アイロンがけは好きなんだけど面倒。面倒だけど好き。


男の人のワイシャツって、なんであんなにアイロンがかけにくく作られているんだろうか。特に袖口のあたり。うちのオットはデスク仕事で、袖口は目に付く場所なのでぴしっ!とかけたいところだが、いつもなんだか情けない仕上がりになる。毎回、「いいんだろうか、こんなんで…」とちょっと不安になりながらアイロンがけをする。先日仕事用のシャツばかり10枚まとめてアイロンをかけたら、どっと疲れてしまった。そんなに何枚もためておく方が悪いという指摘はしないでいただきたい。

ワイシャツに比べて、キッチンリネンの類はアイロンがけが楽しい。どれも平らでまっすぐで、あっというまにきれいに仕上がるからである。たたんでどんどん重ねていくと山が高くなっていって、小さな達成感と満足感を得られるのもいい。

大体がずぼらで面倒くさがりのワタシ、以前はアイロンがけはナプキンだけで、キッチンクロスは洗いっぱなし・乾燥機にかけっぱなしであった。でも二年前、春の旅行の際に借りた家のキッチンにあったクロス類にぜーんぶきれいにアイロンがかかっていて、使っていてとっても気持ちがよかったのでそれ以来うちでもキッチンクロスにアイロンがけをするようになった。ワタシ以外のだぁれも気づかない部分なのだけど、気持ちの贅沢とでもいうのだろうか。


ラジエーターのある窓際近くにアイロン台を寄せて、ラジエーターとアイロンと両方からの熱で温まる。冬のアイロンがけは、冷え性のワタシには楽しみな仕事だったりする。オットのワイシャツ10枚とかでない限り。←だからためるなって。